矯正歯科

2026-08-14

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矯正で滑舌はどう変わる?装置別の影響と慣れるまでの期間

発音・滑舌 イメージ

矯正装置による発音への影響を、音響分析を用いた臨床研究の実測値で解説。裏側矯正・マウスピース・表側矯正でどれくらい違うのか、何日で慣れるのかをお伝えします。

※写真はイメージです

「矯正装置を付けたら、うまくしゃべれなくなるのでは」——接客や営業、プレゼンなど、声を使う仕事をされている方ほど気になる不安だと思います。

この記事では、東京銀座NOVA矯正歯科が、装置の種類ごとにどれくらい発音が変わり、どれくらいで慣れるのかを、音響分析を用いた臨床研究の実測値で解説します。結論から言えば、影響の大きさは裏側(舌側)矯正 > マウスピース > 表側矯正の順で、装置によって回復までの時間がはっきり違います。効果・経過には個人差があり、装置の選択は歯科医師の診断が必要です。

なぜ発音が変わるのか — サ行が影響を受ける理由

発音が最も影響を受けるのは、舌先を上の前歯の裏あたりに近づけてつくる音、すなわちサ行・タ行の子音です。

英語の /s/ を例に説明すると、この音は舌尖を歯槽堤(上の前歯の付け根の膨らみ)の直下に近接させ、舌の正中に細い溝をつくり、そこを通した気流を上顎前歯の切縁に当てることで生まれます。ごく狭い隙間を空気が高速で通ることで、あの「スー」という摩擦音が出るわけです。

問題は、この一連の動きが起こる場所こそ、矯正装置が置かれる領域そのものだという点です。裏側矯正では装置が舌の当たる面に直接あり、マウスピースでは歯の裏側全体がプラスチックで覆われます。数ミリの厚みが、舌と歯の間の精密な隙間を変えてしまうのです。

研究では、この変化を/s/ の上限境界周波数(UBF)の低下として定量します。日本語でも、サ行(/s/ /ɕ/)・タ行(/t/ /ts/ /tɕ/)・ナ行・ラ行は、これらの研究で影響が確認された音と構音する場所を共有しています。ただし、日本語話者を対象とした直接のデータは乏しく、以下は主に英語圏の研究からの推論を含む点にご留意ください。

装置別の実測データ

ランダム化比較試験で、舌側装置と唇側(表側)装置の /s/ 上限境界周波数を経時的に測定した結果です[1]

装置術前装着直後1か月3か月
舌側(裏側)13,242 Hz10,755 Hz12,031 Hz12,779 Hz
唇側(表側)13,199 Hz12,686 Hz13,084 Hz13,179 Hz

群間差は1か月・3か月とも P<0.001。そして最も分かりやすい数字がこれです——1か月時点で構音の変化を訴えたのは、舌側群71%に対し唇側群0%でした。

質問票による115名の調査でも、発音困難の発生率は舌側91.67%/混合87.80%/唇側71.05%(P=0.036)と、装置による差がはっきり出ています[2]

装置の「厚み」が影響量を決める

同じ裏側矯正でも、装置の厚みによって影響が変わります。薄型の装置と厚型の装置を比較した研究では、/s/ の上限境界周波数の低下量は薄型で−1,903Hz、厚型で−3,079Hzと有意差がありました(P<0.001)[3]

ただし興味深いことに、3か月時点では両群の差は消失していました(P=0.309)。つまり厚みは「最初のつらさ」を決めますが、「最終的に慣れるかどうか」は別の話ということになります。

どれくらいで慣れるのか

装置ごとの順応期間の目安を、研究データから整理します。

装置順応の目安
唇側(表側)矯正約1週間でほぼ回復
舌側(裏側)矯正1か月では回復しきらず、3か月でおおむね回復。ただし群間差は3か月時点でも有意に残存
マウスピース型2か月時点でもベースラインに復帰しなかったという報告あり

また、/s/ の回復が最も遅いことが複数の研究で共通しています。35研究・2,611名を統合したシステマティックレビュー/メタアナリシスは、「舌側装置には一定の順応性があるにもかかわらず、発音への影響は治療期間を通じて持続する」と結論しています[4]

なお、インターネット上でよく見かける「順応期間は表側2日・マウスピース4日・裏側6日」といった具体的な日数については、一次文献で確認できなかったため本記事では採用していません

「戻らない一群」が存在する

誠実にお伝えすべき点があります。全員が完全に元どおりになるわけではありません。

唇側装置を対象とした前向き研究(23名)では、次のように分かれました[5]

  • 44%:全期間を通じて影響なし
  • 39%:一過性で、2か月以内に順応
  • 17%:2か月時点でも誤りが残存

影響を受けた音は /s/ /ʃ/ /t/ /tʃ/ /dʒ/ /f/ で、/s/ が最も高頻度でした。舌側装置では、3か月を超えて持続した割合が42.42%(唇側33%、P=0.0406)と報告されています[2]

「必ず元に戻ります」とは言えない、というのが正直なところです。

マウスピース矯正も影響がないわけではない

「マウスピースなら見た目も発音も問題ない」と説明されることがありますが、データは異なります。

マウスピース型24名と固定装置20名を比較した研究では、マウスピース群は2か月後もベースラインに復帰しませんでした(T0→T2 P=0.02)。79%が /s/ の困難を報告し、患者さんの自覚的な評価(VAS)も装着直後で43.83mmと、固定装置の30.78mmより高い値でした(P=0.04)[6]

前述の成人60名の比較研究でも、発音の困難と話し方の変更の必要性はマウスピース群で有意に多いという結果が出ています[7]

マウスピース型には「外せる」という決定的な利点があり、これは発音の観点でも大きな意味を持ちます。ただし装着時間が結果を左右するため、外す場面を増やしすぎないバランスが必要です。

リテーナー(保定装置)での違い

装置が外れた後も、保定装置によって発音への影響が異なります。口蓋(上あごの天井)を覆う床のあるタイプと、薄いクリアタイプを比較した研究では、発音困難のスコアは1週目で3.07±0.78 vs 0.84±0.74(P=0.006)、2か月時点で2.63±0.72 vs 0.37±0.49(P<0.001)と、口蓋床のあるタイプが一貫して不利でした[8]

保定装置の選択にあたっては、後戻り防止という主目的に加えて、こうした生活面の要素も相談材料になります。

声を使う仕事の方への実務的な考え方

接客・営業・登壇・収録など、声が仕事に直結する方を対象とした研究は確認できていません。以下は上記の一般データからの臨床的な敷衍としてお読みください。

  • 装置選択が最大の分岐点:影響の大きさは舌側 > マウスピース > 表側の順が複数研究で一貫しています。発音への影響を最優先するなら表側矯正が有利です
  • 裏側を選ぶなら薄型の設計を検討する:厚みが影響量に直結することが示されています[3]
  • 開始時期をずらす:重要なプレゼン、登壇、収録の直前に装着を開始しない。表側なら約1週間、裏側なら数週間の余裕を見ておく
  • 口蓋を覆う補助装置は相談する:舌側治療では、口蓋を横切るタイプの補助装置を避けられる場合があります[9]
  • 音読で慣らす:装置起因の構音障害に対する言語聴覚療法の有効性を検証した研究は確認できていませんが、サ行・タ行を含む文章の音読を意識的に行うことは、負担なく試せる範囲の工夫です

よくあるご質問

Q. 矯正装置を付けると滑舌は悪くなりますか?

A. 装置の種類によって大きく異なります。ランダム化比較試験では、1か月時点で構音の変化を訴えたのは舌側(裏側)装置で71%、唇側(表側)装置で0%でした。影響の大きさは一般に、舌側矯正 > マウスピース型 > 表側矯正の順とされています。影響には個人差があります。

Q. どの音が発音しにくくなりますか?

A. 研究では /s/ /ʃ/ /t/ /tʃ/ /dʒ/ /f/ などが影響を受け、なかでも /s/ が最も高頻度と報告されています。日本語ではサ行・タ行・ナ行・ラ行がこれらと構音する場所を共有しますが、日本語話者を対象とした直接のデータは乏しいのが現状です。

Q. どれくらいで慣れますか?

A. 表側矯正では約1週間でほぼ回復、裏側矯正は1か月では回復しきらず3か月でおおむね回復するという報告があります。マウスピース型では2か月後もベースラインに復帰しなかったという研究もあります。個人差が大きい領域です。

Q. 発音の違和感は必ず元に戻りますか?

A. 全員が完全に戻るとは限りません。唇側装置を対象とした前向き研究では、44%が全期間を通じて影響なし、39%が2か月以内に順応した一方、17%は2か月時点でも誤りが残存していました。舌側装置では3か月を超えて持続した割合が42.42%と報告されています。

Q. マウスピース矯正なら発音は問題ありませんか?

A. 影響がないわけではありません。マウスピース型24名を対象とした研究では、79%が /s/ の困難を報告し、2か月後もベースラインに復帰していませんでした。ただしマウスピース型は必要な場面で外せるという利点があります。

Q. 声を使う仕事をしています。何に気をつければよいですか?

A. 装置の選択が最も大きな分岐点です。発音への影響を優先するなら表側矯正が有利で、裏側を選ぶ場合は薄型設計の検討が考えられます。また、重要なプレゼンや収録の直前に装着を開始しないよう時期を調整することをおすすめします。なお、声を使う職業の方を対象とした研究自体は確認できておらず、これらは一般的なデータからの考え方です。

参考文献

  1. Khattab TZ, et al. Speech performance and oral impairments with lingual and labial orthodontic appliances. Angle Orthod. 2013;83(3):519–526. PMC8763065
  2. Yuan L, et al. BMC Oral Health. 2024;24(1):1272. PMC11515439
  3. Haj-Younis S, et al. Dental Press J Orthod. 2016;21(4):80–88. PMC5029320
  4. Johal A, et al. Healthcare. 2025;13(24):3317. PMC12732480
  5. Paley JS, et al. Angle Orthod. 2016;86(3):462–467. PMC8601745
  6. Fraundorf EC, et al. Angle Orthod. 2022;92(1):80–86. PMC8691480
  7. Alajmi S, et al. Med Princ Pract. 2020;29(4):382–388. PMC7445657
  8. Saffar Shahroudi A, Bahrami R. Front Dent. 2025;22:43. PMC12765361
  9. Rai AK, et al. Dent Res J. 2014;11(6):663–675. PMC4275635

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